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伊豆の国市と大砲と江川坦庵
伊豆の国市の一部となった韮山町は、広大な平地を利用して農業が盛んであり、「伊豆の穀倉地帯」とよばれています。しかし、農業だけでなく、かつて伊豆の政治の中心地でもあり、歴史に名を刻む人とゆかりの深い町です。北条時政の娘、のちの源頼朝の妻となる北条政子はここ韮山で生まれました。
伊豆長岡市を語る上で欠かせないのが江川坦庵(たんなん・本名英龍)。代々伊豆韮山代官職を引き継ぐ、名門江川家に生まれました。
彼が、天保6年(1835年)父の代から受け継ぎ伊豆韮山代官になったのは、35歳のとき。韮山代官の管轄は当時、伊豆だけでなく、駿河や相模、武蔵にまでわたっていました。やや遅い就任でありましたが、江川坦庵は、書、詩、蘭学、絵画、剣術などにおいて当時最高の教育を受けた人で、就任後、あの二宮尊徳を招聘して農地改革を行ったり、種痘(天然痘の予防接種)をいち早く領民に実施したりと八面六臂の活躍をし、領民に「世直し江川大明神」と呼ばれ親しまれるようになりました。
江川坦庵の活躍は領地統治だけではありません。西洋の砲術を学んだ坦庵は、「韮山塾」なるものを開き、西洋砲術の普及に努めました。佐久間象山・大鳥圭介・橋本左内・桂小五郎(のちの木戸孝允)などが彼の門下生です。
さらに、幕末当時、外国との交渉、特に海防に危機感を持っていた坦庵は、幕府の許可を受け、韮山に鉄製大砲の製造の為の「反射炉」を建設(息子の代に完成)。今も伊豆長岡の人たちの誇りとして残っています。
江川邸は国指定史跡「韮山役所」の中にあり、国指定重要文化財。これまで一度も火災にあっていないので、文書類・書画・武具を始めとする様々な品ががそのまま屋内に展示されています。
伊豆の国市のこの韮山地区には、小松が原別荘地をはじめ、いくつかの別荘型不動産を持つ分譲地が点在しています。のどかな田園地帯と歴史旧跡に囲まれた韮山にのんびり滞在して散策するのもおすすめです。
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